雑文 リスクとチャンス

攻撃にはリスクを伴う。囲碁もそうだし、サッカーも同じで、FWはあらゆるリスクを負って点を取りに行く過激な連中だ。失敗すれば非難されるのは当然、DFとの衝突で怪我をすることもあれば、リスクを恐れて結果を残せずプレイヤー人生を終えることもある。だがしかーし、リスクを負わねばチャンスすらない。FWは過激な性格の連中が多いってのはこういうことだと思う。

仕事も同じだ。チャンスを掴むために、なんらかのリスクを負わねばならない。
かといって一般の経営者がエゴイストになるべきかどうかってのは議論を別にしたい。
自分の場合、チャンスを掴むために負うリスクとして、一番大きいのは「浪費」のリスクである。

例えば、今やっているrailsの勉強はムダになるかもしれない。するとここ2箇月くらいの努力がムダになるし、rubyやらrailsやらの本を買うのに1万くらい使っているのもムダになる。そうしたサンクコスト(今、これを辞めても回収できない費用)は増加する一方であり、将来的にそこに対するバックが見込めなければ、今すぐ辞めた方がいいと判断せざるを得ない。

「あーこんなに沢山リスクがあるのか!!もう何もかも捨てて居酒屋に就職しよう!!」

なーんて事を思うわけがなく、リスクを負ってバックがあるなら、リスクはどんどん負った方がいい。

2月から3月にかけてandroidのネイティブアプリを勉強をしたけれど、これは結果的にムダになったと判断している。1敗。
3月から4月にかけてwordpressの勉強をしたけれど、ここでwordpressの理解を深めたのは結果的に成功だった。1勝。
4月から5月にかけて、railsの勉強をしているけれど、これはまだ分からない。保留。

1勝1敗ならイーブンだね、と言うかもしれないけれど、イーブンと思っていなかったりする。1+(ー1)=0ではなくって、5+(ー1)=4と言ったところ。投資と同じで、9敗して100万の損失があっても、1勝して110万の利益があれば、収支は黒なのだ。

リスクは事前に算出できるコスト、つまりは静的なマイナスだが、チャンスはもしかたら物凄くでかくなるかもしれないし小さくなるかもしれないもの、つまりは動的なプラスだ。サッカーや囲碁、経営に関わらず、事象というのは常にこうしたリスクとチャンスの兼ね合いである。これらを冷静に判断するために、その2つをいかにして「定量化」するかというのが考え所と見ている。

何故起業をするのか、という話

はい!\_(^◇^)_/

最近、ポジティブ志向を心がけているトモPです。
この記事を読んでいたら書きたくなったので、今日は自分が起業をする理由についての話です。

起業についての認識

「プロセス」です。
つまり何かの目的を達成する為のモノであり、当然のように存在するものです。
なので、起業は常に目的ありきであるし、目的には前提があるものです。

でも、前提にも色々ありますよね。
ここで、前提というのはそれが自分という人間個人の欲求なのか、或いは社会的な欲求なのかで、二つに分かれるのではないかと考えました。
そうなると読み手が混乱するかもしれないので、前提と目的について交互に記載していく形式でいきます。

前提1:自分のビジネスを持ちたい。

「社会の役に立ちたい」という事です。
社会的に自分の役割を持ちたいという意味で社会主義的な発想かもしれません。
つまりは自分という個人のシーズと社会のニーズをfitさせたいという欲求です。
だから、自分は自己の適性を鑑みて、技術的なものやマネジメント的なものを勉強していたりします。
まぁ社会的に役割を持っている以上は淘汰されることはないので、一種の保険みたいな意味もあります。

ではどんなビジネスを持つかというと…

目的1:世の中を変えるソリューションを出す!

自分のシーズ(技術)で社会のニーズ(問題解決)をする!!という事です。
これこそ最高の社会貢献ではないでしょうか?
自分は教育や開発工程の改善などで世の中をより良くしていきます。

前提2:自己裁量で仕事がしたい。

完全に個人的な考え方ですが…
年収1000万あっても、休日も働き、始発と終電で会社に通うような生活には幸せはない、と考えています。
自己裁量で時間も給料も決定し、自分の追い求める生活を実現したい。
ただし、それは全ての責任を自分一人が負うという事であり、何よりも自己管理が大変ですね。
でもそれだけ見返りも大きいと考えています。

それはどんな目的に結びつくかというと…

目的2:自分の可能性を追求し続け、そして自ら自分や周囲の未来を切り開いていく。

一介のサラリーマンになり、組織に甘えるのではなく、自ら行動を起こし、結果のために精進していく。
そういうモノに、私はなりたい。

前提3:理想の環境で過ごしたい。

単純に自己の幸福もそうですが、素晴らしい環境があれば素晴らしい仕事が生まれ、沢山の人が幸せになれます。
個人の欲求と社会的欲求がマッチした結果ですね。

というわけで目的はもちろん・・・

目的3:理想の環境を作る!

例えば
こんな会社とかこんな会社とか

こんな会社があれば世の中はもっともーーーーーーっと良くなるはずです。
そういう会社を作る事が、それだけで社会貢献になると考えています。

結:優秀な人の才能が活かせる場所を、そうでない人には教育ソリューションをもって未来を与える。

なんだかんだ言って、この世の中をもっと良くしたいと思っています。
テクノロジーがあればできる事です。
個人的に実力はまだまだ伴いませんが 笑

応援してください!
それではまた何処かでお会いしましょう!!
バイビー!(゚∀゚)

amazonのマーケットプレースで断裁本を出品するtips

はい、こんにちは。ともPです。
自炊をしている人の中で同様の事を考えている人は多いと思うので、今回は実際に断裁本を出品している自分がその内実を赤裸々に語っちゃいましょうってわけです。

どうして断裁本を出品しているのか?

節約のためです。技術書って数千円がザラで、収入が不安定な自分は経済的にかなりの痛手を負います。しかし、amazonに出品することで半額くらいは回収できます。bookoffじゃ売れないですしね。

良くある質問、断裁本って出品していいの?

断裁本を出品するにあたり勉強したんですが、もう忘れちゃいましたんで以下のサイトのQ4,Q5を見てくれればと思います。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/20100917_393769.html

まぁ要するに断裁本の売買は中古本の売買と同じで、現状で問題はないという話です。ただし自炊目的を明記していなければ、の話だったかと思います。「いつか規制されるんかなー」なんて知人と会話のネタになったりしますね。

amazon的にはどうか?

amazonと一度メールでやり取りをした事がありますが、商品コンディションの明記が正しければ特に問題はない、みたいな事を言われましたんで、まぁ大丈夫なんでしょう。ただし「自炊目的である」旨を明記すると法律に抵触する可能性があるので該当する文章は修正させられました。

売れ行きは?

需要はあります。が、やっぱり非断裁本に比べて売れ行きは悪いです。基本、自炊している人向けですからね。商売目的ではないのでゆっくりやっています。
ただ、中には断裁本である旨を見ないで注文してくる人もいて、このクレーム対応がなかなか面倒です。尤も

・断裁本の出品の是非に関してはamazonの裁量範囲
・コンディション状態を読まないのは購入者の自己責任

というわけでコンディション状態を明記してルールに沿ってやってる限りはこちらに何の責任もなく、返信の際にそれとなく促しておけば問題は発生しないと思います。
ただ返金・返品処理は出品側が結果的に数百円負担することになる事もあります。購入者も返品の際には送料分は負担することになるので、郵便局ぐらいしか得しません。したがって誤注文を防ぐ努力の方が大事で、発送24時間前に確認のEメールを送るなどする必要があります。

1冊売るとどれくらい入ってくるか?

例えば2500円のものを売ると、送料250円を足して購入者は2750円を払う事になりますが、amazonに手数料として20%ほど取られます。またこの値段くらいの本だと大きくてクロネコメール便(安い)が使えないので、日本郵便レターパック350円を利用します。諸々を計算して

1900円

くらい。
尤も2500円で売ってる本は定価3000〜4000円くらいで買っているんで、厳密に言えば1冊につき1000〜2000円くらい損しています。まぁ節約目的だし。しかしこうして計算してみるとあんまり節約できないっていう。。。

商売として成立させるには?

現状、amazonで断裁本を売買しているのはほとんど自分みたいな個人だけかと思います。
手数料が高すぎですし、説明読まないで注文する人も多いし、断裁本は売れ行きも悪いですし、あんまりやるメリットが無いのです。

法人格としてやる場合、断裁本を仕入れる場所が必要ですんで、そういうプラットフォームが必要です。密度が薄いんで、全国規模で展開しないと到底会社が維持できないでしょうからググッたら出てくるwebサイトが必要です。

断裁本を仕入れるルートが確立でき、ある程度採算が取れるならAmazonも良いかと思います。が、手数料面ではヤフオクを使うのが良いんじゃないでしょうか。ただ滅多に売れないんで双方に出品しておくのも良いかもしれません。

かと言って自炊代行サービスみたいに乱立することはなく、恐らく現状ではニッチすぎるでしょうねぇ。

まとめ

…と言えるようなものは書けませんが、現状における日本の電子書籍市場はまだまだ先が長いなぁ、という感想程度です。
以上、ともPでした。質問などありましたら立派な事は書けませんが、コメント欄にどうぞ。

最近乱立している個別指導塾に思うこと。

はい、こんにちは。最近、マインドマップにハマっているトモPです。
今日は最近、乱立している個別指導塾について思うことです。

ちょっと待て!その前に中の人はどんな人なの?

勉強嫌い。明治中退後、大学に行こうと思って今は横国に通っていますが通っていないアラサーです。趣味は囲碁打ったり本読んだり分野問わず興味を持った事をネットで研究したりする事です。大学時代を通して集団・個別の塾講師をやって生活を立ててきました。(中退以降、親からの援助はほとんど受けていませんよ!あ、いや借りることはあるけど…)
指導科目は理系科目+国語+英語。社会はセンターで使った政経しか分かりません。あと地理の知識があれば投資とかに便利かなぁって思ってます。受験業界についての知識・経験は仕事がら持っています。が、最近塾講師はプチ引退しました。将来的にやることがあるかもしれませんけどね。現在はITで必死こいています。

塾・予備校ってどんな所?

会社によって異なりますが、基本的には「補習」を目的にしているはずです。
例えば「行きたい学校がある」けど「学校の勉強だけじゃ不足」という事なら塾に通うという選択肢を取ります。また親が「学校の勉強だけじゃ不安」という場合にも塾に通わせるという選択肢を取ります。小中までは後者のパターンが多く、学生さんが自ら「行きたい」と言うのは高校生からでしょうね。伝統があるところだと、「教育方針」みたいなものを掲げていたりしますのでチェックしてみると面白いかもしれません。

集団塾と個別指導塾のメリット

集団塾と個別指導塾がどういう形式か、は読んで字のごとくなので説明しません。
以下一般的に言われている事として

集団塾のメリット
・周りに合わせて勉強できるのでペースメイカーとして活用できる。
・ストックされている豊富な受験知識を活用できる。

個別指導塾のメリット
・自分のペースで勉強できる。
・分からない所があってもすぐに先生に質問できる。

と言った所でしょうか。

どちらのメリットを活用するかは生徒さん次第と言っていいでしょう。個別指導は学校の補習を目的にした、偏差値50を切ってしまうような学生さんをターゲットにしているかのように思われていますが、偏差値60以上の生徒さんでも活用します。そういった層をターゲットにしている代表格がTという個別進学指導塾です。ただしお高いです。

集団塾と個別指導塾の違い

下図を見てください。6年ほどこの業界で教務をこなした自分の実感です。

集団授業が対象とする層は目的ありきの「補習」なので「基本的な勉強ができる人」です。従って偏差値45…才能次第で40以上の生徒を対象にしていると言えるでしょう。(最初は偏差値40くらいでも努力次第で65〜70くらいまで伸びる事があります。ソースは俺。)

対して個別指導塾が対象としている層は「基本的な勉強すらできない人」があります。つまり集団授業についていけない層です。信じられない人は信じられないかもしれませんが、どんなに教えても「理解できない」は存在します。そういう生徒は「めちゃくちゃ勉強できる」か「全く勉強できないか」のどちらかのような気がします。前者と後者で「理解できない」は性質が全く違うのは言うまでも無いかもしれませんね。集団授業で後者のタイプは必ず存在します。その度に「この子は個別指導の方が絶対に良いんだけどなぁ」と思います。そもそも選択の余地は無いような…

60以上は先ほども申し上げました通り、戦略的に個別指導を活用している層で、ここらへんは大抵親御さんが教育熱心ですね。だって集団授業に十分ついていけるのに、敢えて料金が高い個別指導を選ぶのですから。相場にして5倍は違うのではないでしょうか。

では中間層である50〜60程度の層に個別指導は必要ないかというとそういう事はなく、中高一貫校に通ってる子が補習目的に使う事があります。
中高一貫校でついていけず、50以下に転落するケースはありますし、逆も然りですが、それは必然的に上下どちらかの層に分類されるかと思います。

塾業界の実態、優秀な先生の確保は難しい。

これは高学歴と言われる大学に通ってるような学生さんほど感じるようですが、塾の仕事に入ってみて「思ったより周囲のレベルが低いのが信じられない」というのがあります。
念頭に「塾の先生なんだからできて当然だろう。」というのがあるのだと思いますが、ここにフォーカスを当ててみます。

今だから書ける事ですが、自分も塾講師として入った当初は学生先生のレベルの低さに拍子抜けしました。

(メチャクチャ勉強して駿台市ヶ谷で言えばSB相当の学力(旧帝・慶応・早稲田、駅弁医学部に受かるかも。たまに最難関校)にまでこぎつけられたのですが、SA(東大・慶応医・旧帝医学部に普通に5割以上が受かる層)に対して劣等感があったのは否定しません。でも、今思えば彼らはTOPの中高でもまれ、運悪く受験に失敗してしまった層でもあるので、そもそも努力と才能の桁が違うのでしょうね。)

ところが受験業界というのは「MARCH・日東駒専」の層がメジャーで、たしかに一般的には「立派な大学」に通っているのですが、その実、受験のエキスパートと言えるほど勉強はできなかったりします。(ただし例外はあり、普通の大学に行ってても人に教えられるぐらい勉強が出来る人もいます。)

裏を返せば、「生徒を教えるのにそれほどの学力は必要ない」という事になります。上位校を狙うのに必要な論理的な思考や連想は人から教えられるものではなく、自分で努力して身につけるものですからね。基本を教えるだけだったらそれほど大変ではないという事があり、ただし「どんな質問にも答えられるほど賢くはない」という事があるのだと思います。レベルの低い生徒ならそれで十分でしょう。

そもそもね、必要なのは「教え方のわかりやすさ」であり、先生自身の学力は二の次です。(強調)

ただ、生徒がTOP校を狙う場合はどうしても「わかりやすさ」と「学力」が揃った「受験のエキスパート」が必要になります。ところがそうした人は確保が難しいのです。学生は先ほども申し上げました通りで「意外にレベルが低い」、あるいは「分かりづらい」のどちらかです。優秀なプロには専属契約をしている会社が間違いなくあります。
大手塾で学生講師を募集しているような塾は常にこの問題と向き合っているはずで、年度によって講師の質に偏りが見られますのはこの為です。

個別指導塾に見る講師の質。

個別指導は良く「優秀な先生が1対1で教えますよ」って事をキャッチコピーにするのですが、個別指導の講師に優秀さを期待するのは辞めた方がいいと言っておきます。理由は簡明です。

というわけで集団授業は講師から見て魅力的な提案もありますし、派遣会社もこぞって紹介をしたがります。個別指導塾には「集団授業に入れない人」が入ることになり、講師の質は必然的に落ちてしまいます。

でも、それで十分なのです。個別指導の場合、教え方が分かりづらければ「何度も説明し直す」という保険利きます。「集団」に向けた練習として個別指導を最初にやる事もあります。だからそれでいいということです。

個別指導塾のビジネスモデル。

多くの個別指導塾では講師のレベルを期待しません。そこらへんの「基本的な所は分かっている」程度の学生を捕まえて時給1000円ちょっとというコストで雇えばいいだけです。それで十分回るからです。

ただ、個別指導塾というのは保護者から見てコストが高いものです。論理としては「本来は集団授業でやる内容を1対1ないし1対2にするんだから凄く高いのは当然でしょ」という事ですが、これはとんでもない話で、そもそも講師に払っている給料が2倍違いますし、場所も取らないのでコストもかかっていません。ところが保護者が上記の論法の欠点に気づいていないので、納得して払ってしまう。

要するに巷で個別指導塾が増えているのは、保護者が余計に授業料を払っているので倒産リスクが少ないからだと思います。別に統計を取っているわけじゃありませんが、個別指導塾の乱立ぶりを見ても「良い商売」なんだなと思います。

しかしです。

個別指導塾は多くが「偏差値50以下のできない生徒」を対象にしており、それ以外は責任者や社員などで「勉強のできる人」が面倒を見て応急措置をしているようですが、昨今では「戦略的に」のケースが増えてきていて、「優秀な先生」の需要は高まってきており、当初の方針だけでは立ち行かなくなりつつあるはずです。
Tという個別指導塾が「進学実績を残せる個別指導塾」として躍進している事を踏まえると、戦略的に見ても「優秀な先生」を必要として戦略は必要で、そして優秀な先生の確保が難しいという事であれば、講師の数を必要とする個別指導塾はこれがボトルネックになって経営が伸び悩むことになるのではないでしょうか。

持論、戦略として個別指導塾を選ぶってどうなの?

ぶっちゃけた話ですが、白井は偏差値60以上の生徒が個別指導塾を選ぶ事に反対です。戦略としても反対です。それだけの理解力があるなら自分で勉強すべきだからです。補習が必要なら集団の勉強をきっちりやっていれば難関校に受かるレベルにはなります。ならないのは努力不足か、努力をする才能がないからです。ハッキリ言ってできる生徒の個別指導塾はムダです。個別指導塾は魔法じゃありません。勉強というのは努力をして何かをできるようにすることです。「進学実績を残せる個別指導塾」は金持ち商売だから成立するだけであって、金持ちが優秀な先生と1対1で教えて欲しかったら家庭教師かそういう教育機関を使えばいいって話です。要するに金持ちの自己満足です。そもそも教育は魔法じゃありませんよっと。筋トレと同じで自分で努力するものです。それが最大の前提です。以上、持論終わり!

教育が過渡期に入りつつある。

個別指導塾の乱立は、ITリソースの参照容易性と価値観の多様化を温床にした教育業界の過渡期の象徴と言えるのではないでしょうか。オンライン個別指導システムや黒板のデジタル化、プリント類のデータベース化などはITの恩恵といえますし、それだけユーザーの要求も多様化してきたからだと思います。
そんな中で教育業界に身を置いている人ないし受験生が、これから受験勉強を始めるにあたってどのようなリソースを使えるようになり、それがこの社会をどれだけ良くするものなのか、やがてその夢を描けるような人になれればいいなぁって、トモPは密かに思っていたんですが、書いちゃいました。

それでは長くなりましたが、読んでいただいてありがとうございました。
質問などありましたら下記コメント欄にてお願い致します。

アジャイルな話

はい、こんばんは。毎度おなじみトモやんです。
今日の題材はアジャイルな話。

アジャイルな三角形

とりあえず三角形を書いてみる。

チームの話をするとき三角形を書くとマネージャーをトップにしたヒエラルキー的なものを連想されるかもしれませんが(というかそういう風に考える人、多いだろうなぁ…)

トモやん的には辺上をベクトルが置かれていた方がいいのです。つまり、三角形には循環が含まれている。三角形に限らず、始点と終点が同じな閉じた図系は、すべからく循環すべきだと思います。
さて、これだけだと分かりづらいので捕捉をいれます。

この図の説明は必須です。PDCAサイクルにつながるものもあるかもしれません。アイデアがあり、アイデアを製品化し、製品からデータを取る。そしてこのデータを次に活かす事が最も大事な所です。これを繰り返していくことでチームは成熟するし、良いものも作れるようになります。白井はこれを「回す」と言っています。そのまんまですね。しかしこれだけでは具体性に欠けるので図に追加します。

動詞が追加されました。
ちょっと話がそれますけど、動詞には必ず付くものがありますよね?そう、主語です。つまり

  • 作る人
  • 測る人
  • 学ぶ人

がそれぞれにいるという事になります。ではそれはどんな人なのか?(ちなみにここまでhttp://blogs.itmedia.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2011/05/27/4.pngを参考にしています。)

作る人(我が道を行く奇妙な連中)

プログラマシステムエンジニア、デザイナー

測る人(ネクタイをしない垢抜けたサラリーマンというイメージ)

マーケッター

学ぶ人(がっちりスーツに身を固めたエリート)

アナリスト

つまり前述の三角形を実現するには上記のような人々が必要という事です。
でも物を作ったら売る人も必要というわけで

という感じになります。売る人というのはもちろん、営業マン・ITコンサルです。ところで売る人がいるなら、売られる人も必要ですよね。

アジャイルではお客さんもサイクルの中に入れてしまいます。これをプロダクトオーナーとかオンサイト顧客とか言うようです。
アジャイルのような反復型学習において、彼らの協力は不可欠と言えます。

ち・な・み・に


やはり(http://blogs.itmedia.co.jp/hiranabe/2011/05/lean-startup-introduction-in-japanese-1.html)より
アジャイルでは「顧客にとって既知の問題」に対する「顧客の要求」を満たすべく開発します。もし顧客が「顧客にとって未知の問題」を持っていたら、開発サイドは顧客に情報をフィードバックし、その問題を「既知」とします。要するに開発側で分かっている事があったら顧客にちゃんとそれを伝えるって事ですね。
対してその発展系であるリーンスタートアップでは「顧客にとって未知の問題」について「仮説」を立てていき、検証していくことになります。アジャイルとの違いは「仮説の検証による顧客理解の深化」であり、その為、リーンスタートアップは未知の問題に対しても取り組む事ができるようになりました。

ただし、リーンスタートアップはそもそもアジャイルの発展系だと思うので、ここではアジャイルに含みます。(アジャイル開発の特徴は曖昧である事ですが、定義が曖昧なのはまだ歴史が浅いからです。)
さて、アジャイル開発において顧客の存在はとても大きいので、上記の図を少し改善します。

営業マン・ITコンサルの方々には顧客との橋渡しをしてもらう事にしましょう。
さてさて、目指すべき姿が見えてきました。ところがここである問題が浮上します。

ベンチャー起業によくある事です。PG、アナリスト、マーケッター、営業マン、それぞれの役割に合う優秀な人を必要最低限数だけ用意しなければなりません。でも人的リソースは限られています。ではどうするか?

解決したようです。皆が三角形の内側に集まってきました。アジャイルではこのように役割分担が非常に曖昧になります。顧客はそんな事をしていても何も気になりません。さてさて、役割分担が曖昧になると、ある効果が生まれます。

スケジュールは大規模プロジェクトにおいて個人の責任を明確にするために組まれるものです。しかしアジャイルにおいては役割分担が曖昧であるため、責任の境界もまた曖昧になります。これを共同責任と見なす事ができますが、プロダクトオーナーは不安なようです。

ここで登場するのがアジャイルなマネージャです。アジャイルなマネージャの役割は

  • ・いま、どうなってるか追跡する

スケジュールが無いため、これだけが心配です。

  • ・プロジェクトの状況を伝える

追跡するだけじゃなく、きちんと広めましょう。

  • ・チームのいく手を阻む障害を取り除く

アジャイル開発が順調に進むためには、こういった事も必要です。

時としてチームメンバーが座礁しているポイントにも現れるでしょう。しかし、あんまり偉そうじゃないですね。

アジャイルなマネージャはむしろ雑用係のような存在ですが、チーム内のメンバーが最大限に実力を発揮できるよう頑張る存在です。さながら朝倉南ちゃんのような存在です。またプロダクトオーナーと一緒にユーザーストーリーの作成などもします。(アジャイルでは顧客の要件定義をユーザーストーリーを作ると言います。)
営業マンやITコンサルタントの役割の大半をになってしまうので、アジャイルなマネージャーの登場に代えて顧客との橋渡しをしていた営業マン・ITコンサルタントは退場してしまいました。

イテレーションアジャイル開発においてとても重要な指標です。例えば3ヶ月のプロジェクトがあれば6回のサイクルがあるという事で、このサイクルの質と数が伴って初めてアジャイル開発はその真価を発揮するからです。
また、アジャイル開発は重要な案件を任せづらいと言われますが、トモやんはそうは思いません。例えばウォーターフォール型開発であっても失敗するときは失敗するものであるし、どんなにウォーターフォール開発を極めたとしても信頼が無ければウォーターフォールに適すると言われる大規模案件は任せてもらえないものでしょう。

そして信頼を失った時のリスクは大規模案件を手がけるウォーターフォール開発の方が大きいのです。一方でアジャイル開発はもともと小規模案件に向けた少人数チームであるから、大規模案件を手がけられるほど信頼が得られた時のリターンは大きいと考えられますし、そこから信頼を失う事があったとしても、それは元の鞘に収まるだけなので大して痛くもありません。
従って

チームさえできてしまえば、アジャイルほどリスクが少なくリターンの大きい開発手法はない
と考えられます。以上、アジャイルなアナリストっぽいトモやんがお送りいたしました。

imagine cupの話

はい、こんにちは。ニコニコ生放送で唐突に田中と名付けられたともやんです。

先日、サンプルの数独アプリを一通り作ってみました。無事動作したのを確認してほっと胸をなでおろしています。さてさてandroidアプリの作り方が大体分かった所で、どうして自分がandroidアプリなんてものに手を付けているのかも含めてこ4ヶ月くらいの事を書きたいと思います。

なお、初めに断っておきますが、この日記は特に役立つものではありません。ただの自分語りです。あしからず。

そもそもandroidをする予定ではなかったという話。

事の発端は鎌倉でのらりくらりとしていた頃の事。
それは去年の夏頃だったでしょうか。知人の経営するバーに入り浸る毎日を送っていた白井は、「もう塾講師で一生費やしてもいいや」なんて事も思っていました。そんな自分を見て、何を思ったか知りませんが

imagine cupに参加しないか」

なんて事を切り出してくる人がいたのです。imagine cupについては適当にぐぐってください。簡単に言えばマイクロソフトが主催するソフトウェアコンテストです。鎌倉のバーでは何故か「ロボットコンテスト」という事になっていますが、ソフトウェアコンテストですからね。

その人は白井に「やるならメンターをやろう。君はプロジェクトマネージャーをやれ」と言ってきました。本人はそう言った事をすっかり忘れているようですけど。

imagine cupに向けたチームがスタートしたのが10月頃。

何事も経験だと思っている白井は、まずはうちの大学の人と、mixiで知り合った人に話を持ちかけてみました。すると2人とも「参加したい」との事だったのでチームがスタートしました。と言ってもチームで何かやるって事自体が実は白井にとってほとんど未経験の事でしたので、悪戦苦闘しました。たまたまマネジメント系の本を読んだ事があったとかIT企業でディレクションのバイトをしたとかがあるので、少ない経験ながらも情報を参照しつつ、何とか上手くやっていければいいなぁとか思っていました。

最初にやったのはブレインストーミングで、アイデアがないと何もできないものですから横浜のサイゼリヤでやりました。しかし思った以上に難しいなぁというのが印象です。難しいのは分かっていましたが、なんとかなるぐらいの楽観的な気持ちでした。

マイナス要因

こう言ってしまうとなんですが、「スケジュールが遅れている、お前は行動が遅い」しか言わないメンターと(本当にこれしか言わない)、なかなか時間が取れない「学生」達との調整がストレスでした。要するにチーム構成の時点で間違えていたのだと知るのにそれほど時間はかかりませんでした。とてもじゃないけれど組織だって何か取り組むにはあまりにお粗末なチーム体制でした。この時点で「人材の補強」が優先課題となりました。

人が増えると増えるでまた問題が生じる。

そこで東大、横国、早稲田から人材をスカウトし、チームは3人から7人へ。途中で一人が時間不足を理由に脱して6人となりました。チームのメンバーが増えると、次は役割分担の課題があるのですが、何しろ学生ですから専門分野なんてあってないもので、東大生はさすが日本一の研究機関に属しているだけあってものすごいエンジンを持っているのがわかりましたが、他のメンバーに関して言えば実に頼りないなぁと思っていました。最大の問題はスケジュールの話で、何しろ「打ち合わせに割く時間もない」と口を揃えて言われるので、もうだめや何とか利用可能な時間を聞き出そうとしましたが、どうも上手く行かず、すると混乱するのは当たり前で。
他方に相談したところ、「スケジュールは組んでしまって、了解を取れたら後はその人の責任にしてしまえ」というアドバイスソニーのエンジニア始め複数名の方からいただくわけですが、それで結局モノができないのが嫌でした。というか、そうなるだろうと思ったのです。今思うにこういう発想があるという事は、結局のところ白井がこのチームを信頼できなくなってしまったという事なのだろうと思います。

techTokyoの変

色々な問題が平行していて、実は一番の問題はエンジニア不足であり、人材を頑張って集めても学生エンジニアが見つからなかったというのが根本的な問題であるように思います。解決策として、現在であればオフシェア開発という選択肢があるtechTokyoがあるよと教えてくれたのは横国の後輩であるM君でした。techTokyoではエンジニアが不足しているチームに、エンジニアをマッチングしてくれるのです。
それを聞いて「よし、一任する!」と言ってtechTokyoにエントリーしたわけですが、あろうことかマッチングされたのは立教と法政の文系学生であり、エンジニアじゃないわけです。(というか白井は仮にそうであっても両大学のエンジニアが優秀とはとてもじゃないけど思えないんだよなぁ。偏見かもしれないけど。)

どういうことかと聞いた所、どうやらM君が白井と自身をエンジニア登録したらしくって、それを見た運営が同じくエンジニアを欲しがっているこの二人に我々二人を紹介したというわけです。この件についてはツッコミ所が多々あり、M君の方には散々ボロクソに言ったので、もうそろそろ許してやっても良さそうなものです。

しかしtechTokyoに参加してしまったものはしょうがないわけで、そっちの大会はそっちの大会でメンターが付く事からチームを分断してリスタートを切ることにしました。リスタートしたもう一方のチームはtwitterfacebookを駆使してエンジニアを二人見つけたようですが、自分たちはもともとそれができないからtechTokyoを使ったのであって、「覚悟を決めて自分たちがエンジニアをやろう」という事になりました。techTokyoというのも結構大きな大会でしたしね。

android開発への道

今だから書けますけど、imagine cupが上手く進んでいなかったので白井のモチベーションは最悪でした。M君はM君でandroidにすぐ挫折したりでもうだめやこいつ、白井もjavaぐらいなら分かるんですけど、android開発にはいくつかの初心者を挫折させるポイントがあって、時間があれば良かったんですけど、ちょうどバイトが冬期講習の時期で、一日のほとんどがそれに費やされる状態で、当時はそういったポイントに割く時間がとれませんでした。この件について「ちょっと時間を空けたい」と塾に相談したところ、何故か逆切れされるという訳の分からない事が起こってもうだめやそれでも何とかしようと試行錯誤は続きました。

techTokyoの発表辞退

そんなわけでモノができないままに本番を迎えることになった我々は、当日にM君と話し合って発表を辞退しました。他のチームが学生レベルとは到底思えない立派なものを仕上げてきたこと、それに対して自分たちがあまりにお粗末な成果物しか持っていないことを恥じましたし、何よりもエンジニアが「成果物」を持って自分のPRをできないのは、モノを作る人間として根本的におかしいと思ったのです。

だから、とんでもなく悔しかった。

近年、こんなに悔しいことは無いというくらい、悔しかったのを覚えています。M君は傍から見たらのほほんとしていましたが、白井は元来負けず嫌いなのです。twitterでは「悔しい」を連呼していましたが、覚えている方はいるでしょうか。でも相応の時間・努力を割かなかったので、自業自得なのです。だからこそ、なんとかなったのではないかという後悔ばかりがありました。

反省。

そもそもエンジニアが用意されるはずの大会にエンジニアを味方につけずにエントリーしたという事になっていて、そんな状況下ですから「モノができない」というのは当然でした。やる前は自分でやればいいじゃんとか思っていたものですが、androidは一通り作れるようになると、確かにあんまり難しいものではないような気もするのですが、やはり作れるようになるまで時間がかかるもので、だとすると「完成しない」というリスクを防ぐために「androidアプリを作った事がある」という味方はやっぱりいるのが何事をするにも最低条件なのです。
加えてimagine cupに協力してくれるエンジニアも得られなかったという事になるので、白井はimagine cupのとりあえずのサスペンドを決定しました。もっともこれはあくまでもサスペンドであるというのがこの話のミソです。

反省を活かして。

幸いにしてどんなものにも「本当の終わり」というのはなかなか訪れないものだと思います。結果的に白井はimagine cupチームの失敗とtechTokyoの惨敗から、新しい自分の姿を見出そうとしました。そしてfacebooktwitterでシェアしたりつぶやいたりしているのですが、その答えは依然から目をつけていたアジャイル開発、突き進めばリーンスタートアップというベンチャー企業が採用しやすい開発体制にありました。要するに

  • 自分の役割分担は曖昧
  • 少数精鋭
  • 2週間程度の単位で開発を行う(イテレーションで検索すると出てきます。)

という所で、設計→開発→テストという順番を守らなければならないウォーターフォール型開発に比べて少人数体制でかつ「さして重要でない(この前提はしかし現状のアジャイル開発においてとても重要です)」案件に取り組む上では非常に効果的なのです。

役割分担が曖昧というのは、白井も開発をするという事です。白井の強みはロジカルで数字に強い所であり、この強みをもってアナリスティックな作業に適しています。多くのコンサル会社が採用している分析のためのフレームワークはこの情報化社会において公然のものであり、白井は自由にそれを参照できるし、またそこに抵抗はありません。(抵抗があるという事はツール以上の何かだと思ってしまうからです。フレームワークとはマッキンゼーで働く知人に教えてもらったのが出会いでした。)でもアジャイル開発及びリーンスタートアップ型開発をする場合、白井も開発をするのです。逆に言えば開発をしながらでも自分のアナリスティックな側面を活かす事ができるということで、フレキシブルで曖昧なものです。後はそれを許せるかどうかであり、白井はこれを合理的な開発手法と見ているので、結局は採用するつもりです。

そもそも開発をすることに関してはもともとそのつもりでしたから良いとしています。ただタイミングの問題で、androidimagine cupの件に関しても、それまでなかなかそこにタッチできなかったのです。でも塾講師のバイトを辞めた今はできるわけで。何事にもタイミングがあるものだと最近になって思います。

かくしてチーム体制及び自分の役割・努力(自己投資)の方向について、ある程度の目処が立ちました。

再出発。

さてimagine cupサスペンドしているわけですが、2/10くらいにimagine cupのページが更新されました。
ちょっと注釈を入れましょう。我々が参加しようとしていたのはソフトウェアデザイン部門であり、imagine cupが開始当初からある看板部門と言えるものです。ただ多くのチームは半年ほどの時間をかけて取り組むものであり、今さら無理という事になります。
ところが2/10にアップされたのは新たにwindows8windows phone・kinectの三つの部門でした。これがアップされたのが2/10であり、締切が3/8となっていて、随分と急な話だなと思いましたが、その内のkinectのゲーム以外への活用について以前から興味を持っていたという事と、提出物が「プロジェクトプランのみ」という事があるので、やってみようと言う気になりました。尤もプロジェクトプランが通ると、次は実際に作らないといけませんけどね。でも、どんなチームも時間的に言えば公平というのが、白井にとって最高にテンションが上がる条件なのです。

新しいチーム体制

もはや開発するのが白井でも不足はないでしょう。amazonkinectを注文しました。androidでもお世話になるであろうopenGLを弄ることになりそうです。(白井はとりあえずopenGLを使ったシューティングを作ろうと思っていますので丁度いいかもしれません。)
ある程度のメンバーに目星を付け終わりました。無差別にメンバーを引き入れてしまうとまた混迷を極めかねないので、必要があればそれに応じて適当に集めたいと思います。その人がどんなに力不足でも、そういう志向がある人であればどんな人でもチャンスを与えたい、だから一緒にやろうと声をかけてみるつもりです。そうである限り、必ず人と人との繋がりは生まれると思うのです。

そんなこんなでimagine cupプロジェクトは、再び鼓動を始めました。その件で話をすることがあれば、宜しくお願いします。

web制作の新しいビジネスモデルに向けて

はいこんにちは。今日はweb制作について思う所を述べます。

そもそもの経緯

起業しようと思った時に一番最初に思いついたのがweb広告による広告収入でした。しかし当時の自分はhtmlも余りよく分かっておらず、デニーズにこもって1から勉強しなおしました。

バイト先の社長から仕事を持ちかけられる。

バイト先というのは塾の会社なのですが、あまり大きくありません。その会社の社長さんからSEOについての相談を持ちかけられました。その会社のHPはhtmlで組まれているのですが、当時主流だったxhtmlに換装すれば検索エンジントップに躍り出るのではないかと。実は当時、あんまりそこらへんの事は分かっていなかったのですが、とりあえずなんでもチャレンジしてみるもんだと思って格安で受ける事にしました。

しかし換装は簡単すぎた。

やってみて、あまりのあっけなさに「こんな仕事は何にもならん」と思って「サイト全体のリニューアル」を提案しました。お金はそのままに。社長さんはもちろんオッケー。

web制作開始、しかし何処か物足りない。

htmlとcssの扱いは心得たのですが、どうにもJSが苦手。そこで代替案を提案してみたり、してみなかったり。あるときにwordpressが良いよって話を聞いたので、PHPの勉強ついでにHPのシステムエンジンとして入れることにしました。値段はもちろんそのままに。CMSが格安で入ると聞いて社長さんはもちろん了承。

wordpressでwebサイトが作れるようになる。

しばらくやる気が出なくて放置してたんですが、納期が迫って始めたら2週間ぐらいでできちゃいました。wordpressプラグインにあるall in one SEOにより、SEO問題は解決しそうです。これは業者も使ってるみたいですね。

web制作で儲かりたい。

さてさてwordpressによるwebサイトが作れるようになると、商売にも幅が出てきます。最初はweb制作の勉強のつもりでしたが、むしろこの制作スキル自体を売りに出す事を考えました。何しろ、web制作においてCMSの導入は普通に発注すると数十万はくだらない話です。個人事業主としてこれをやる事を考えました。

以上が経緯です。

現状の問題点「白井君はデザインとマーケティングが弱いよねby社長」

実際にweb制作を売りに出すとすると、パッケージ化する必要があります。それでCMS、コーディング、SEOの要件は満たしているのですが、デザイン面で力不足が明らかになりました。要するに自分はデザインが大の苦手で。マーケティングについては後述します。

デザイナーを探そう。

デザイナー女子なら可愛いに違いない、これからは付き合うならデザイナー女子や!これは人が必要だと思って、デザイナーはいないかなぁと思いながらtwitterでつぶやいたりしてみたんですが、どうも道は長そうです。実際、どうやって集めたらいいか分かりません。デザイナーとプログラマーの合コンとか交流イベントとかもあるみたいですが、散見される程度で一大センセーショナルとはなっていないようです。みんな思った以上に困ってないのか?

結局蛇足にはならない蛇足 : マーケティング力は持っているべきか。

デザイナーの問題は今すぐ解決できないんで置いといて、マーケティングの話は解決できる問題だと思います。やっぱりwebサイトってのはある程度の商効果みたいなのが期待されてしかるべきで、考えられて作られて当然といえます。でも自分はそれはデザイナーの仕事と思っていた所があって、実は「そこはプロじゃないんでデザイナーと相談してください」と言ったのですが、それを忘れたのかどうも全てこちらに投げっぱなし一任するようです。既にボランティアレベルの工賃でそこまでやると赤字レベルなんですが、そもそも「勉強の一環」という事だったので割り切ってやろうと思いました。マーケティングができるエンジニアってのも良いしね。

悩み

しかし「マーケティング要素」などは門外漢である技術者に分かるわけもなく、本来は門外漢ではない顧客が考えるべき事だろうと思って「うーん」と唸ったのですが、よく考えてみると顧客はIT系に関してはど素人であるわけで、恐らくは発注の段階で「それも任せよう」と思っているはずです。となると、

「web制作を受ける段階で、顧客のマーケティングに関する不足しない程度の知識」

は必要という事になります。しかし、こうなると無差別にweb制作を受けるのが若干重い。何でもかんでもサクっとやってしまいたい白井にとって、こうした作業は手間以外の何者でもありません。

結論:結局は専門分野を持っているのが強いということ。

マーケティングの知識はある程度必要なので良いとして、手間を最低限に抑える為に「○○専門」とかにするのが良いだろうって思いました。これであればサービス業にとって大事な顧客満足度も高まるし、学習の手間もそれなりで済みます。何か新しい分野に挑戦したくなったらモジュールみたいに付加していけますしね。

新たなる問題:web制作の市場傾向

統計を取ったわけではないですが、web制作の相場というのは徐々に下がっているというのは定説のようです。考えるべきは需要の問題か、供給の問題か。webの市場は年々増加しているので、多分、供給の問題だと思います。要するに制作会社が多過ぎる。

ビジネスに避けられない:競合分析。要は勝たないと意味がない。

wordpressという高機能CMSを安価で提供しますよっていうのが強みですが、強みといったらそれくらい。デザイン力は並以下で、コーディング能力は人並み。そんな自分と他社を適当に比較してみました。

個人事業主は技術力が無いとあかんやろって思って技術は○にしておきました。それ以外は個人の強み弱みがあるかと。制作会社は大人数でやってるので強いのは当然、その分お値段も相応ですね。最近流行ってるプラットフォーム系(月額1万弱)のものは、技術力とデザイン面では見劣りする感があります。やっぱり値段相応だなって思います。デザインはハッキリ言って古くてダサいと思います。「ただHPが欲しい」ってだけの人むけですね。10年前なら30万くらい取れたんでしょうけど・・・

比較して思った事。案外、プラットフォーム系が自分に向いている。

個人事業主としては強みに欠け、制作会社としては力に欠ける白井ですが、表を見るとプラットフォーム系は行けそうな感じです。要するに個人ではなくマスに向けて商売をするというわけです。うーむ、しかしちょっと怖くもあるぞ。

あれ、でもマス向けの商売はIT系の強みが活きるんじゃ?

しかしよく考えるとIT系は「コストが安い」のがメリットで、サーバーなんかも今じゃ安いですからね。例えば飲食で虎を相手にした商売が失敗すると血まみれで済めば良い方なんでしょうが、ITで虎を相手にした商売は、別に失敗しても野良犬に噛まれたぐらいで済みますからね。「リスクを冒す事」の対価として「収入がある」ベンチャー企業にとって、これは大きなメリットです。

結論:プラットフォームを作る方向で。

丁度railsで似たようなものを作ってみたいと思っていたので、ついでだからやってしまおうと思います。何を作るかは出してからのお楽しみ。
これも勉強の一環と思えば安い投資です。でも、案外大きく当たったりしちゃってね。